THE ALFEEと私【ファン歴21年目の30代女が好き勝手に語ってみた】

この記事では、THE ALFEEのファン歴21年目の私が、THE ALFEEについて好き勝手に語ります。
THE ALFEEとは
1974年にデビューし、2019年にデビュー45周年を迎える、日本を代表するバンドです。
サングラスにお髭の桜井賢、メガネにアコギの坂崎幸之助、ロン毛にド派手衣装の高見沢俊彦のお三方を、誰もが一度は見聞きしていることでしょう。
三人の魅力的な人柄や、クオリティ高く幅広い音楽性で、多くの老若男女を魅了し続けています。
ALFEEとの出会い
1998年、当時中学生だった私が何気なく見ていた歌番組『うたばん』に、ALFEEの3人が出ていて、トークが面白かったから見ていました。
母が横から「アルフィーじゃん、懐かしー!」と言っていたので「あー昔の歌手かー、ってゆーか右の人オカマなの?」と思っていました。(たかみーごめんね????)
しかし『Brave Love〜Galaxy Express 999』のイントロが始まった瞬間、今までにない衝撃が体中を駆け巡りました。
「こんな素晴らしい音楽がこの世にあるのか!!!」
言葉にするとしたらこんな感じでした。
生まれて初めて、魂が震えた瞬間でしたね。
それから、新聞のテレビ欄を毎日見て、ALFEEが出演する番組はビデオに撮って見ていました。
何度も見ている内に「高見沢さんかっこいい????」とたかみーに恋してしまいました。
ALFEEの3人と私の父は同い年で、私より30歳年上です。
同級生にはめちゃくちゃバカにされて、変人扱いされてましたねー。
「ALFEE?誰それ?」とか「あーなんかサングラスとオカマのおじさんのグループ?」とか「何であんなのが好きなのー?きもーい!」とか。
でも私のTHE ALFEE愛は揺るぎないものでした。
初めての買ったALFEEのCD
これはもちろん『Brave Love〜Galaxy Express 999』です。


↑試聴できます。
当時、シングルCDは8cmCDでした。
お小遣いが月に1,000円だったので、とても高価な買い物です。
その小さくて大事なCDを何度も何度も聴きました。
“未来は決して 君を裏切らない”
このフレーズが、いつも勇気をくれました。
初めてのALFEEのライブ
「アルフィーのライブ行きたいか?」
母が新聞に載っていたライブの広告を見つけ、母と一緒に『COUNT DOWN ’98/Nouvelle Vague』春ツアーの名古屋公演に行きました。
当時はパソコンもスマホもないので、ALFEEの曲を聴くメディアはテレビ、ラジオ、CDしかありませんでした。
私は『Brave Love〜Galaxy Express 999』『Beyond The Win』『星空のディスタンス』『メリーアン』の4曲しか知らずに、人生初のライブに参加しました。
名古屋センチュリーホールの、席は2階だったと思います。
初めてのライブ衝撃的だったこと
①高見沢さんのことをみんなが「たかみー!」って呼んでる!
→そういう風に呼ぶんだ!って知ってすぐ真似しました。
②高見沢さんの衣装がすっごい王子様なんだけど!
→記憶が確かなら、トリコロール柄????????のマントがついた白い王子様の衣装でした。テレビではいつも真っ黒で地味な格好だったのでとても驚きました。でも似合っててかっこいい!ってますます惚れましたね。
③高見沢さんのキャラが思ってたんと違う!
→今でこそ様々なバラエティー番組に出演するようになったたかみーですが、私がファンになった頃はバラエティー番組にはほとんど出演していなくて、唯一出演する音楽番組でも右端で黙っていることが多かったので、とてもクールで繊細な人だと思っていたんですが、ライブではめちゃくちゃシャウトしてるし、トークもめちゃくちゃしてるし「えーこういう人だったのか!」と衝撃的でしたね。
④桜井さんのキャラが思ってたんと違う!
→記憶が確かなら、賢さんがヒッピーおじさんに扮してたんですよね。でも私はこのライブが人生で初のライブだったので、ライブにコントがあることに違和感を感じることなくすんなり受け入れてましたね。後に、他のアーティストのライブにはコントはないって聞いて逆にびっくりしました(笑)
⑤お客さんたち、何でみんな同じ動きしてるの?
→初めは「何か決まった動きがあるのかな?私だけ知らないの?」と不安になりましたねー。後にあれは自然発生したものだと知り、すごいなーと感心しました。
私が参加したALFEEとTakamiyソロライブ一覧
THE ALFEE
- 1998 COUNT DOWN ’98/Nouvelle Vague 春
- 1998 COUNT DOWN ’98/Nouvelle Vague 秋
- 1999 Final Count Down /A.D.1999 春
- 1999 Final Count Down/A.D.1999 秋
- 2000 AUBE 2000 春
- 2000 AUBE 2000 秋
- 2001 AUBE 2001/NEVER FADE 春
- 2001 20th Summer Kingdom/ChapterⅠ:Grateful Birth 夏
- 2001 AUBE 2001/GLINT BEAT 秋
- 2002 AUBE 2002/TRANSFORMATION 春
- 2002 21st Summer Legend of The Stadium V/Gold Legend 夏
- 2002 AUBE 2002/TRANSFORMATION 秋
- 2003 AUBE 2003/My Generation 春
- 2003 22nd Summer YOKOHAMA SWINGING GENERATION SWINGING GENERATION DAY 夏
- 2003 AUBE 2003/GOING MY WAY 秋
- 2004 30th anniversary 2004 Travelin’ band 春
- 2004 23nd Summer LOVE & PEACE DAY OF LOVE 夏
- 2004 23nd Summer LOVE & PEACE DAY OF PEACE 夏
- 2004 30th anniversary 2004 Travelin’ band 秋
- 2004-2005 30th anniversary Count Down 2005 TIME AND TIDE 冬
- 2005 AUBE2005 STARTING OVER 春
- 2005 24th Summer 2005 TOKYO BAY-STATION 夏
- 2005 AUBE2005 STARTING OVER 秋
- 2006 AUBE 2006/ONE 春
- 2006 25th Summer 2006 YOKOHAMA STAR-SHIP 夏
- 2006 AUBE 2006/ONE 秋
- 2007 AUBE 2007 春の嵐 春
- 2007 AUBE 2007 天河の舟 秋(武道館も参加)
- 2008 AUBE 2008 RENAISSANCE 春
- 2008 AUBE 2008 RENAISSANCE 秋
- 2009 35th Anniversary 2009 CONFIDENCE 春
- 2009 Legendary Summer 2009 YOKOHAMA PERFECT BURN Burn Into Memory Night 夏
- 2009 Legendary Summer 2009 YOKOHAMA PERFECT BURN Burn Into Perfect Night 夏
Takamiyソロ
- 2007 Kaléidoscope ~天使の狂宴~
- 2008 KaléidoscopeII ~鋼鉄天使の凱旋~
1998〜2009年まで、約40本ほどのライブに参加しました。
ツアーは基本的に名古屋に参加していました。
全国各地のアル友さんと交流するのも、とっても楽しかったな☺️
ALFEEに対する反抗期
2009年の”最後の夏の野外ライブ”となった『YOKOHAMA PERFECT BURN』を最後に、私はライブに行くことを辞めました。
妊娠や出産を機にALFEEから離れるファンの方もいらっしゃいますが、私の場合はそうではありませんでした。
この頃、私は何もかもがうまくいっていませんでした。
彼氏(現在の夫)と同棲をしていましたが、私がパニック障害とうつ病を発症し、支えてくれていた彼も軽いうつ病になり会社を辞めオンラインゲームに明け暮れる日々でした。
私は病気を抱えながら底辺漫画家として働いてはいましたが、月収は10万円前後。貯金を切り崩したり、身の回りのものを売ったりして何とか生活していました。
生活リズムも乱れていて、昼夜逆転だったり、徹夜だったりでした。
やがて貯金は底をつき、彼とは一旦別居することに。
この頃の私は自己肯定感が著しく低かったし、彼とは共依存状態だったので、彼と一緒にいられないことは耐え難い苦しみでした。
仲の良かった友達も、私の不誠実な行為のせいで愛想を尽かして離れていきました。
精神的に追い詰められた結果、私の不誠実な行為のせいでクライアントとトラブルになり、漫画の仕事もなくなりました。
↓こちらにも詳しく書いてます。
毎日聴いていたALFEEの曲。
いつも私に勇気と希望を与えてくれ、愛を教えてくれた。
でも…
ALFEEが歌う、愛や夢や希望は、私には用意されていなかったんだ。
ALFEEはみんなに愛されてるし、夢も叶ったし、これからもずっと活躍していく、だからそういう歌が歌えるかもしれない。
でも私みたいに、誰からも愛されず、夢に敗れて、生きる希望も価値もない人間だっている。
私はもう頑張れない。
ALFEEの歌なんて、全部きれいごとだ!
そしてALFEEの曲を聴けなくなり、ALFEEのグッズやCDやDVDは全て捨ててしまいました。
10年後、再びALFEEの元へ
その後、再び彼と同居できる運びとなり、2人の子供にも恵まれ、普通の幸せを手にすることができました。
でもやっぱりALFEEの曲は聴きませんでした。口ずさむこともありませんでした。ALFEEが出ているテレビ番組も見ませんでした。
最後のライブから10年が経ったある日、YouTubeを見ていたら『もうひとつのLast Stage』という文字を目にし、無意識にクリックしていました。
“愛と挫折を繰り返しながら
引用元:THE ALFEE「もうひとつのLast Stage」 作詞 高見沢俊彦
痛みをすべて歌に託してきた
遠い思い出 奏でるメロディー
あの夏へ二人で帰ろう”
私もあの夏に帰れるだろうか?
愛や夢や希望に満ちあふれ、ALFEEや仲間たちと楽しく過ごしていたあの頃に?
“LAST STAGE
引用元:THE ALFEE「もうひとつのLast Stage」 作詞 高見沢俊彦
もう一度 愛の歌を君だけに”
ALFEEはこんな私にも、もう一度、愛の歌を聴かせてくれる?
“約束しよう
引用元:THE ALFEE「もうひとつのLast Stage」 作詞 高見沢俊彦
俺はいつまでも 君の前で声の限り
愛と夢の歌を歌っていこう
この熱い 魂が静かに燃え尽きるまで”
ALFEEの歌はきれいごとなんかではなかった。
10年前、私が勝手に追い詰められて、勝手にALFEEに反抗して、真実が見えなくなってしまっただけだった。
この歌を聴き、全てを理解し、同じ部屋にいた夫と子供に心配されるぐらい号泣しました。
そして再びALFEEの歌を聴き、口ずさむようになりました。
まとめ
長々と書いてしまいました。いいよね、自分のブログだし♪
ここまで読んでくださった方がもしいらっしゃったら、ありがとうございます。
今の私は、あの頃の私とは色々と変わってしまったけど、ALFEEの曲を聴けばまたいつでもあの頃を思い出し、あの頃の仲間に会える。
あの頃の私も、今の私も、どちらも私。
ありのままの私で、ここからまた一歩ずつ進んでいく。
今はそんな気持ちです。
ありがとうALFEE!これからもよろしく!